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奈良県大和郡山市(JR郡山駅すぐ)
  1. セルフケアのために 〜こころの整理に役立つお話
 

セルフケアのために 〜こころの整理に役立つお話

2017/02/17 セルフケアのために 〜こころの整理に役立つお話

日々の心や身体の健康をセルフケアについて、みなさまのお役に立てたら幸いです。

 

○ 呼吸のこと

○ どんなふうに物事を捉えていけばいいか

○ 考え方の整理など

○ 心と健康に関するセミナーや講演会、ワークショップなどの情報



 

タイトルが、エラく硬いですね(苦笑)

 

先日、地域の社会福祉協議会が主催する講座(無料)があり、

参加してきました。

 

受講は一般市民が対象の講座で、今回は「うつ病」「統合失調症」の理解、

また、疾患を抱えた方に対して、

周りの方々、地域の方々ができることを考えるための講座でした。

非常にわかりやすかったです。

 

わたしたちカウンセラーも、その学びの中で、

カウンセリングそのものの学びとともに、精神疾患の基礎的な部分は、学びます。

 

しかし、恥ずかしながら、

自分が住んでいる地域の様々な現状や実態、といったものに、わたしはまだまだ勉強不足で、

そのことについて、少しでも情報や学びがあれば、と思い受講させていただきました。

 

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3回ある日程のうち、この記事タイトルの講座名がついたのは、

2日目の内容でした。

 

当日は、

・地域の精神障害を抱える方を支援する施設の所長(ソーシャルワーカー)さん

・統合失調症の患者さん本人

・家族に統合失調症の患者をもつご家族

という、3名の方のナマの声を聞くことができました。

 

わたしは現在、奈良県で暮らしておりますが、

当地は「精神医療」や「精神福祉」に関しては、かなり遅れている地域なのだそうです。

 

なんとなく、自分の住む地域の現状に対しても、うっすらとは感じるものはありましたが、

実際にお話を聞くと、精神疾患に対しての偏見をなくしていくというのは、

大変なことだなぁ…という感想を持ちました。

 

因みに、お話いただいた所長さんの施設では、現在、54名ほどの利用者さんがおられるそうですが、

それに対して、所長さんともう一名のスタッフで、対応していらっしゃるそうなのです!(え~っ)

 

当日の参加者さんの感想でも、

 

「お話を聞かせていただいて、病気に対する理解も少しは進んだ。

 地域で身近に精神疾患を持った方たちがいれば、ぜひ自分ができることをしたい、とは思う。

 しかし、理解者を増やすためには、こういった講座や、

 当事者からの発信がもっとないと、なかなかわかり辛いことですね」

 

というものもありました。

 

お話くださった施設の所長さんは

 

「本当におっしゃる通りです。当事者側からの発信が大切なのも、痛感しています。

 ところが、日々の業務に追われて、なかなか’発信’までは手が回らないのが現状で…」と。

 

それが、現実なんですね…

 

患者ご本人さんや、ご家族の方のナマの声で体験を聞かせていただくと、

聞かせていただいているこちらまで、グッとこみ上げてくるものを感じます。

 

当人であれ、ご家族の方であれ、病気をめぐる辛い体験を、

どのように抱えてきたのか、あるいは今も抱えつつも、生きておられるのか…

本当に困難多いことであろう、と察します。

 

他人の抱えるものを、自分が代わって抱えることはできないけれども、

それでも自分にできることは、なんなのだろう?

 

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お話の中で、

日本社会は「精神疾患」に対して、「身体疾患」より特別視している

このことが、精神疾患への理解を遅らせているのではないか、という指摘がありました。

 

例えば

胃を患いまして、とか

ガンになりまして、というレベルと違って、

 

まだまだ、

うつになりまして、とか

統合失調症になりまして、というのは、

 

他人に知られることに対するハードルが高いし、

理解が得られにくい。

 

しかし、精神疾患にかかったからといって、

〇〇さんの人の存在そのものが、なにか全く別物になるわけではない。

 

他の身体的疾患で、病気になったから、といって

〇〇さんが別人間になってしまった、みたいなことは思わないのと同様、

精神疾患でも、それは変わらない。

 

お話いただいた家族当事者の方は、

「幸いなことに、ご家族を取り巻く友人関係や、友人のつきあいや反応などは、

本人の罹病後も変わらずで、それがとても救いになった」という。

 

また、患者当人の方は、周りのひとに望むこと、として、

「特に身構えることなく、(病気のために)能力がなにかしら劣ってはいるが、

’普通の人’なのだ、ということをわかってほしい」と仰っておられました。

 

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こころの辛さや、悩みを抱えた方々に対して、

カウンセラーができることも、また一部でしかなく、

そのことを自覚しておくことが、とても大切なのかもしれません。

 

しかし

まずは「理解(社会の現状について、疾患について、当事者の想いについて…ETC)」というものは、

どんな立場からのサポートであれ、サポートすることへの入口であり、大きな力になるなぁ、

ということを、この講座を通して感じたことでした。













































最近、「アンガーマネージメント」という言葉をよく聞くようになりました。

この記事をお読みの方の中にも、この言葉を聞いたことがある方もおられるかもしれません。


ひとは生きていてこそ、様々な感情を持つものですが、

その中でも「怒り」の感情は、パワフルでエネルギーがあります。

 

感情にいい、悪いはなくて、

「怒り」という感情も、ひとが生きている中で、

様々な体験をする中で、そして人間関係の中で、

当然、味わったり、持ったりするものです。

 

ただ自分の「怒り」の感情を、上手く取り扱えずに、

自分の心に溜め込んだり、あるいは「怒り」に任せて他人にそのエネルギーを発散すると、

自分自身の心身を害したり、あるいは他者の心身を害する、ということがあります。

 

それが例えば、親子関係では「虐待」という形で現れたり、

友人同士では「いじめ」という形だったり、職場での「パワハラ」という形だったり。

もっと大きな規模であれば民族間紛争、国家間の戦争であったり。

個人レベルでいえば、自分の心身に表れると、うつ病などの精神疾患、極まった形では自殺など。

 

なので、「怒り」という感情(エネルギー)とのつきあい方、

上手に回していくためのコツ、みたいなものがあるのです。

 

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女性ライフサイクル研究所Felian(フェリアン・窪田容子所長)主催の

「虐待防止のグループ援助を学ぶ〜PAM(Peaceful/Parental Anger Management)実践者養成講座」

受講してきました。

 

最近はいろんな研究や、いろんな方法が考えられていて、

PAM(Peaceful/Parental Anger Management)もその1つの方法だと言えます。

 

 

 

このテキストをもとに、特に親子関係において、

親が自分の怒りの感情をどう扱うのか

そのことに関心のある(特に親の立場の)ひとたちが、

グループで学び合うことを、援助する実践者としての研修でした。

 

援助実践者としての研修でしたが、

わたし自身の子育ても振り返りつつ、

あらためて、自分の怒りをどう扱うのか、

PAM(Peaceful/Parental Anger Management)は一つの方法として、

有益な研修だったように思います。

 

 

↓「怒りのプロセス」の図を見てください。

 

(「子どもにキレてしまいそうなとき」より P.42)


PAM(Peaceful/Parental Anger Management)の考え方の基本は、

怒りを持つ人の「過去」について、あれこれその人そのものを分析するのではなくて、

「今ここでできること(行動)」を変えていくことに、注目している点です。

 

自分が、自らの怒り感情に翻弄されるのではなく、

自分の「怒りの表現行動」を変えたり、選択することができる

と考えられています。

 

わたしが面白いと思った視点は、

 

・怒りには「強さの度合い」がある、ということ、自分でそのことに気づくこと

・怒ることによる「目先の利益(メリット)」「長期的影響」

・怒りの行動を変えることで得られる「利益(メリット)」および「長期的影響」

・怒りをエスカレートさせないために、他にどんな行動がとることができるか

怒りを強める「思考・考え方」に気づくこと

・これらのことを、グループでアイディアを出し合っていくこと

 

上記にあげたことを、自分ひとりで「検討」すると、

いいアイディアが浮かんでこなかったり、気づかないこともあります。

 

グループで学び合うことのよさは、他人のアイディアや知恵を借りることができたり、

勇気づけられたり「よし自分もやってみよう」とモチベーションが上がる、という点です。

 

 

PAMがPeaceful Anger Management の略語にあるように、

1人ひとりの心の中の起こる「怒り」という感情を、

適切に取り扱うことによって、

一人の個人が、あるいは親子が、夫婦が、友人同士が、

地域、職場、あるいは民族間、国家間での、

平和で、健康で、幸せな関係性の構築に役立つのではないか、

と、わたしは考えています。

 

今回、友人とともに参加させてもらいましたが、

いつか地域で、今回の学びが必要とされる方に役立つよう、

なんらかの形にできるといいね、と話し合いながら、帰途につきました。

 

 

 



 

 

 

 

 




 

人生、生きていると「いろんなこと」がある

というのは、誰しも同じ。

 

「いろんなこと」が「(自分にとっての)問題」だと認識し、

自分がそれと取り組んでいこう、という意思をもってはじめて、

その問題と取り組んでいくことができます。

 

「問題」だと’認識’する…と言いましたが、

問題として’認識’されるその前に、

これは困ったことだぞ、とか

こんなことが起きてどうしよう、と焦ったり、困惑したり、

そのことが起きることで、

辛かったり、悲しかったり、怒りがわいたり、ぼう然としたり、

…みたいな、自分にとってどちらかというと、

なにかしら、ネガティブな感情や感覚が起こっているはずです。

 

ときには「なにがどう問題なのか」が明確でない

けれど、なんだか生き辛い…しんどい…

「気分」や「身体の不具合」として、表れることもあります。

 

なにが「問題」なのか、

自分はその問題を解決してなにを得たいのか、

解決のための方法や手立てはなにか、

それが明確で、自分でもわかっている

そして、自分も解決したい、解決しよう…という意思があれば、

比較的、コトは簡単です。

 

あとは、自分が決めた自分の選択にしたがって、

なんらかの「行動」するのみ。

 

 (あ、わたしのここで言う「行動」というのは、

  単に何かをする、など、動き回ることだけを言っているのではありません。

  場合によっては「何もしない」という「行動」もありき、なんです)

 

…と、そこまでわかっていても、行動がともなわない、

あるいは、どうもうまく行かない…という場合には、

「行動がともなわないこと」自体が、

すでにその人にとっての「問題」かもしれません。

 

あるいは

最初に考えた方法や手立てに無理があったり、

やり方を変える必要があるのかもしれません。

 

さらに言うなら

これは「問題だ」と思ったコトは、

本当のところは、当人は困っていない、

単に「モンダイにしてみたかっただけ」のコトである

 

あるいは、心の底ではその「問題」とは

向き合いたくない、と思っている…のかもしれません。

 

または

当人にとって、向き合うタイミングではない、

ということもあります。

 

他人から注目してほしい、わたしに気づいてほしい、ということから、

なかには、いわゆる何らかの「問題行動」を起こすことで、

周囲のひとが「問題」だと思う行動をする人がいます。

 

これなどは、周囲のひとは迷惑するけれど、

当人はまったく困っていない…というケースです。

 

が、本当は「問題行動」のその奥に、

当人が(あるいは当人をめぐる周囲のひとも含めて)、

本当は向き合うべき「問題」が隠れているのです。

 

今回の記事タイトルには、

《問題を抱える、ということ》とあげました。

わたしはなにも「敢えて、自分の人生に’問題’を持とう」

と、言いたいわけではないのです。

 

ただ「問題」と感じられることは、多くの場合、

(これはわたしのボイスアートの師匠、まやはるこさんがよく言われる言葉ですが)

避けては通れない道」、わたしがこの世で生きていく上での‘課題’ ’宿題’」みたいなものです。

 

なかには、

こんな’課題’ ‘宿題’なんて欲しくない!って思うような事柄もあると思います。

しかし、そのような事柄に出会っても、

決して、あなたがそもそも悪だから、ということではないのです。

 

’課題’ ’宿題’に取り組んでもよし。

取り組めば、なにかが変わります。

「避けては通れない」この道の向こうに、

あなた本来の、あなたらしい生き方が拓けていると思います。

 

取り組まなくてもよし。

それも、またひとつの生き方です。

ただし「今の自分をよし」と思えないのなら、

それがそのまま、続いていくだけです。

 

取り組むのか、取り組まないのか

そこは、あなたご自身の「意思」と「覚悟」がかかっている

 

そういうことだと、思います。

 

問題を1人で、抱えることはとてもしんどいこと。

ときには

解決に向けて専門家や、あなたを応援してくれる人たちの力を借りて、

自分の行きたい方向に、少しでも近づくこともできます。

 

1人で頑張らなくてもいいのです。

 

ただし、それでもやはり、「問題」を、

自分のこの人生の’課題’’宿題’として、どのように取り組むのか、

あるいは「取り組まない」ことも含めて、

 

究極は、

あなたご自身の意思と「覚悟」がかかっている…

 

最近、わたしは強くそう、思うようになりました。

 

そして

自分の’課題’ ’宿題’と取り組もうと思ったとき。

つまりは、覚悟を決めるときです。

 

そのときは、多くは自分のちからではどうしようもない、

もう逃げられない…とかなり追い詰められたときでも、あるかもしれません。

 

でも自分を捨てないで、自分の課題と向き合おうという意思を持つことは、

非常に尊い勇気をもつことでもあると思います。

 

自分の息の道(呼吸)に還る…

自分の息の道を通して、

自分の’課題’’宿題’どう取り組んでいったらいいのか、

その答えがある、とも思っています。

 

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来る、10月8日(日)今週末になりました。

ボイスアートの創始者、まやはるこさんをお迎えして、

 

【ボイスアートセラピーカウンセリング&ボイスアートグループレッスン@なら】

 

開催いたします。

まだ、お席がご用意可能です。

 

⇒ 開催要項など詳細はコチラをご覧下さい。

⇒ まやはるこさんのボイスアートセラピーカウンセリングについて、わたしの紹介記事はコチラ



 

 


カウンセリングルーム樹喜

あなたはあなたのままで大丈夫。ひとりで悩まないでください。

本来のあなた自身へ還るための一歩が、ここにあります。


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